

誰もが1を聞いて10を
知る力を持っている。
大塚 勉強は必ずしも苦痛なものではなく、本当は楽しいことではないのか、とも考えるのですが、いかがでしょう。
池谷 小学校1、2年の授業の様子を見ていると、子どもたちはみんな楽しそうに勉強しています。ところが、宿題をやらなきゃいけないという義務感とか、やらされている感を持つようになると、だんだん勉強が嫌だという子が出てくる。勉強を嫌いにならないためには、教育現場で「何をどう伝えるか」がポイントだと思います。
大塚 そのあたりが難しいところですね。
池谷 「ブーバ、キキ試験」というのをご存じですか。
二つの図形が文字だったとして、読み方を当てる試験です。どちらがブーバで、どちらがキキでしょう?

大塚 右がブーバという感じがしますね。
池谷 不思議なことに、ほとんどの方はこちらがブーバだと感じます。どこにもブーバと書いていないし、本来、当たる確率は五分五分。脳は、流行語大賞にもなったKY、空気を読むとか行間を読む、雰囲気を察するといったことができるのです。教えていないのに相手へメッセージが伝わることが、実は脳にとって重要な作用なのです。コミュニケーションにおいては、ストレートに答えを全部伝える方法と、物事を上手に隠して伝えるという方法があります。
大塚 隠しても、脳の中ではつなげられるのですね。
池谷 そうです。問題はどこを隠して、何を教えるか。もし、1教えて10わかった生徒がいたら、それは教えた教師が上手だったという言い方もできるわけです。
大塚 誰でも、脳の働きとしては1で10を知ることが可能だということですか。そうした能力、脳というのはどういう成長をしているのでしょう。
池谷 センスとか直感というのは、おそらく脳の「線条体」という場所にあります。直感とひらめきは同じように使いますが、学者は違うものとして区別しています。たとえば、数字を埋める問題はすぐ答えを思いつきますね。なぜその数字が入りますかと聞かれた時、倍々だからとはっきりした説明ができるほうをひらめきと言います。一方直感は説明できない。何となくなんです。思いついたはいいけど、その根拠がわからないのを直感と言います。直感の面白い点は、結構正しいということ。ひらめき、論理的思考はおそらく「大脳皮質」にあり、進化的には新しい能力です。線条体は直感だけでなく、本来の役割は「手続き記憶の保管場所」なんです。手続き記憶というのは、手を動かしたり、体を動かしたりする場所。ピアノの弾き方や歩き方など、体を司る記憶を指します。たとえば私がカップをつかむ時、右腕と右手とで、しかるべき力を出さないと持てない。無意識に脳の線条体が正確な計算をしているからできるのです。計算過程はわからないけれど、計算ミスをしない。だから私はカップを毎回持てるのです。線条体は手続き記憶と言っているように、記憶、つまり体を動かして訓練すること、学習でしか身につきません。自転車の乗り方という本を10冊読んだとしても乗れないのと同じです。絵や書も、本物に何度も接することでしか、センスを磨きようがない。
大塚 どういう環境に置くかが重要ですね。目や耳から入ってくる感覚は大事ですから、どのようにして生徒たちにチャンスを与えるかということは本校の課題でもあります。
池谷 そうですね。先ほど貴校の紹介を伺った時、他の中高一貫校に比べてそういったことを大切にされている学校かなと思いました。ひらめきばかり教える学校が多く、直感についてはなかなか教えません。大人になってから大きくなる脳の部位は2か所だけあり、人間の社会性を生む場所である前頭葉と線条体なんですよ。訓練された場合ですが、直感は歳を取るほど冴える。直感が無理な若造はひらめきで勝負するのです。たとえば、たくさん資料を集めてきて論理的に考え、こっちがいいというのがひらめきです。でも年配者は瞬間的に直感が働く。両方大事ですが、ひらめきは時間がかかり、集める資料を間違えると結論を誤るという欠点があります。青臭いというのは、そういうことかなと。自分に直感があることをまだ知らない。
大塚 磨かれるわけですね。教師は直感も勉強も磨かれるようにするのが仕事です。たくさんチャンスを与えれば、シナプスは伸びていくのですか。
池谷 というより、チャンスを与えないと伸びません。
大塚 私どもの学校では、感性や道徳性を重視した全人教育を柱とし、普通の授業と並んで芸術鑑賞といったことも行っているのですが、全体としては間違いないのですね。
池谷 間違いないです。できるだけいいものに早いうちから触れることが大事ですね。
大塚 お話を伺いながら、ちょっと自信を持ちました。
脳の情報源は体だから、
形から入るのは大事。
池谷 ちょっと話が変わりますが、自分が脳になったと思って想像して下さい。まっ先に気づくのは、「脳は一人ぼっちだ」ということですよね。脳は頭蓋骨の中に閉じ込められており、真っ暗闇の牢屋に入っているようなもの。脳が外の世界にアクセスするためには、手で触れる、目で見る、耳で聞くというように、身体がすべての情報源。身体の状況が重要な問題なんです。たとえば、ペンを歯でイーッと噛みながらマンガを読むと、より面白く感じるという実験があります。これは筋肉、表情筋の使い方を笑った時と同じにすることで、脳は今笑っていると認識する。ということは、目の前の漫画は面白いのだろう、という判断を無意識に下す。表情とか姿勢とかというものが脳のシチュエーションを決めることになるわけです。
大塚 実は、私たちの学校では朝読書というのを全国に先駆けて行っており、中学では週に1回、筆写といって書道を行っています。筆の持ち方だけ教えて後は黙々と書く。
池谷 それはいいですね。筆写というのは、いい字に触れてセンスを磨くという意味もあるし、姿勢を正すと落ち着き、やる気が生まれるので、非常にいいと思います。
大塚 つまり、形から入るのは大事だということですね。
池谷 形から入って黙々とやっている人ほど伸びます。多分子どもたちは意味がわからず、やらされているだけと思っているかもしれませんが、そういう時期は絶対必要。
大塚 最初は座って書けなかったのが、1年経って最後の授業を見に行ったら、50分間ちゃんと書けるようになっていました。すごく成長したなあと嬉しくなりましたね。
池谷 素晴らしい。それは継続していただきたいですね。
大塚 筆写のテキストは、うちの書道の教師がオリジナルで作りました。
池谷 すごい! 私がやりたいですね。これ欲しいです。
大塚 では、先生に1冊送らせていただきます。今日は力強い言葉をいただき、ありがとうございました。
